サロマ湖に関するQ&A

洞爺湖・支笏湖などは貧栄養湖ですが、サロマ湖は?
環境省の生活環境の保全に関する環境基準では類型Ⅰ(利用目的:自然環境保全など)に指定されているが、基準値を超えるこ とも多い
富栄養湖
そもそもサロマ湖はどうやってできた湖なのですか?
現在のようなサロマ湖の形になったのは1000年位前といわれている
8000年位前には温暖化により海面は今より3m位高かったため湾の状態だった。キムアネップから対岸のワッカまで低い台地が伸びていたため2つの湾に分かれていた
5000年位前には、海岸線後退により砂嘴が形成され、2つの湖もひとつになった。3000年位前からは狭い湖口が東側(鐺沸)に残った
かなり古くから人が住んでいたようですが、いつ頃から?
2万年位前はまだ大陸と陸続きの時代だったが、マンモスなどを追ってきた北の狩人の遺跡が常呂町の遺跡から見つかっている
この山水のなかを歩いていれば、たれもが古代感覚をよみがえらせるにちがいない。たべものを採集してまわるくらしのなかでは、常呂ほどの土地はない。 流氷期には海獣がとれるし、ふだんでも、淡水・海水の魚介がゆたかで、野には小動物がかけまわっている。常呂川には、季節になると、サケやマスがのぼってくる。採集のくらしの時代、常呂は世界一のいい場所だったのではないか。(「オホーツク街道」司馬遼太郎)
明治からのサロマ湖の歴史を教えてください。
明治28年にはボラ、ウグイ、ニシン、カレイ等の魚類、カキ、サケ・マス等を漁獲していた
大正時代にはカキ漁業が盛んになる
昭和4年に第1湖口開削、ホタテが発見される
戦前・戦後を通してホタテ養殖技術が開発された。戦後には種苗導入によるカキ養殖も確立し、昭和35、36年には湖内漁業の首位を占めた
養殖ホタテは昭和40年代より年間7000トン程度、平成に入ってからは養殖カキは1000トン程度が生産されるようになる
今は汽水湖ですが、もともとは海とは繋がっていなかったのですか?
現在は汽水湖というよりも、塩分濃度でいえば31~33‰と通常の海水に近い状態
3000年位前から湖口は鐺沸にあり、冬は湖口が埋まっていたが、春には雪解け水で増水して湖口が切れ、外海とつながっていた
明治の頃には鐺沸の村民が口を開いて船の出し入れをしていた。鐺沸(トウプト)とは湖口の意味
海と湖が繋がったのはいつごろですか?また繋がった原因は?
昭和4年4月20日、湧別の人たちにより7m余りの水路が完成したが、水流はなかった。その夜春の嵐が起こり、翌21日、前日の水路には激流渦巻き、湖内の大氷盤がたちまち湖外に流下していった。岸は刻々に崩れて地響きをたて、ついには幅200m、深さ7mの永久湖口となった
湖口を開けた理由
登栄床の漁業者が船を外海に出すため
低地にある芭露の人たちが増水で被害に遭ってきたため
湖が開いたことによってどんな変化が起きたのですか?生態系はどのように変わったのでしょう?かつてサロマ湖にはどのような生き物が棲んでいたのでしょう?
水質が変化し、汽水から外海水に近くなった(塩分が33‰と高くなり、水温が25℃まで上がらず、黄色を呈していた水質も良くなった)
汽水湖から海水湖へと、生態系の一大転換点を迎えた(漁業生産の観点ではカキからホタテへ)
旧湖口周辺には天然カキが繁殖していたが、他には漁も少ない雑魚(ソイ、アメマス、ウグイ、カレイ、コマイ、キュウリウオ、チカ等の他、現在は見られないボラ、イトウ、フグ等)が棲んでいた
現在はどういうものが生息しているのですか?
サロマ湖の主要魚種
ホッカイエビ
サケ
マス
ホタテガイ
カキ
チカ
クロガシラガレイ
エゾバフンウニ
漁業生産のメインは?
サロマ湖の漁業生産量(魚種別)
サロマ湖で育成した稚貝を外海に放流することにより、10倍のホタテを生産
200620072008
数量金額数量金額数量金額
養殖ホタテ5,9411,558,5676,2511,673,4966,3771,821,966
養殖カキ968392,132967525,4821,010488,022
サケ419,29711133,60912235,518
マス12018,0056912,71019423,472
カレイ9832,8966719,15613042,772
チカ15621,66111713,55120431,592
キュウリ483,014867,063
ウニ829,1652944,8911638,427
エビ111288,854105295,238118335,280
コマイ473,576151,654
ホタテ稚貝1,518288,2711,720327,3151,515300,928
その他967139,26941066,90920932,304
合計9,9282,778,1179,9413,018,9479,9963,158,998
外海ホタテ68,01912,057,39873,12611,341,08251,61010,122,586

サロマ湖の水環境と水産資源(2009/8/9)

ホタテ養殖のキッカケは?
昭和4年第1湖口開削によりカキ消滅
昭和8年4月、道立水産試験場の木下虎一郎氏が「浅海増殖」の担当として着任
カキ採苗の調査中に、ホタテ稚貝が多数付着していることを発見
天然採苗試験と同時に3漁協から推薦を受けた20名の青年に対して、貝類養殖の研修・指導を行った
ホタテはどう養殖するのですか?
ホタテの稚貝をどうするのですか?
6月に採苗し、9月に2㎝位になったものをザブトンカゴに収容する
湖内で養殖するものは、翌年5月にポケットカゴに入れ替えを行う
残りの大部分の稚貝は外海に放流したり、他地区に販売したりする
水質は変わって来ているのですか?
赤潮の原因となるチッ素は下降しているが、リンについてはやや上昇しており、全体ではやや悪化の傾向にある
現在はホタテの養殖で全国にその名を知られるサロマ湖ですが、どのような過程を経て今日の隆盛を築いたのでしょう?
昭和4年の第1湖口開削
木下博士の着任、ホタテの発見、養殖指導
3漁協の指導者、青年部による養殖技術確立のための努力。新漁連、北海道の支援
水産試験場、水産指導所によるホタテ養殖のための地道な調査、研究、指導
昭和50年代に経験した大量へい死、許容量設定、アイスブーム設置による流氷防止
腹7分経営とは?
ホタテ養殖を始めた当初には、量が多ければ多いほど儲かったので、養殖量は拡大していった
湧別漁協では常呂・佐呂間漁協に一歩遅れてホタテ養殖を始めたが、追いつき追い越せという機運の中、当時の養殖部会長は「欲を出すな、数は少なくても大きな貝を作れ。養殖はいつも海に余裕を持たせていなければ、いつどんなことが起こるか分からないものだ」と言って、1人15万枚(他組合は17万枚)に限定した
昭和54年にはサロマ湖全域の養殖許容量を設定
湖を守る環境対策は?
昭和50年代よりホタテ、カキに対する養殖許容量を設定して、サロマ湖の環境に対する負荷を制限している
「森と海はひとつ」昭和40年頃より植林を始め、現在の3組合の所有林は250万㎡
湖内、流入河川の環境モニタリングを継続的に実施してきており、現状を常に把握してきた
「サロマ湖ゴミ0運動」毎年6月に全域の清掃
生物に有害と考えられている鉛資材をサロマ湖から全廃した
今後のサロマ湖は?
サロマ湖環境保全対策委員会(大学や試験研究機関の専門家により構成)がサロマ湖の環境予測を行った
水質は余り大きな変化はないが、底質は徐々に悪化の傾向にある
今後も養殖組合が中心となってサロマ湖の環境モニタリングを行い、環境収容力に応じたホタテ養殖を行っていく
サロマ湖養殖漁業協同組合とは、どういう組合なのですか?
サロマ湖という1つの湖を3漁協がバラバラに使っていたのでは、漁業や漁場の荒廃につながるということで、ホタテ・カキの漁業権を一括して管理するための組合とし て成立した
現在はホタテ養殖や環境管理のための調査研究が業務の中心